【書籍紹介】澤浩の奇術:Magic of Dr. Sawa :宮中桂煥著 澤浩氏の奇術創作エッセンスと実践

澤浩の奇術

わたしの最も好きな日本人マジシャンの一人、澤浩氏
その名前はドクター・サワとして日本よりもむしろ世界で有名で、海外のマジシャンの間ではおそらく島田晴夫氏に次ぐぐらいの巨匠と見なされていますが、それに比べると日本国内での、それも一般人の間での知名度はそれほどでもないという状況が長かった気がしています。

 

30数年前にはNHKなどのマジックショー番組に、澤氏が出演されたことも多かったようですが、私が本格的にマジックを始めた頃から近年までは、そういう機会もほとんどありませんでした。
澤氏ご本人も、どちらかといえばマジック界から遠ざかられていたと聞きます。

 

ところが、ここ5~6年の間でしょうか、民放のマジック番組などに澤氏が出演し、マジックを披露される機会が増えていますね。
それにともない、一般人の間でも澤浩氏の知名度は高まっている印象です。
これは私としては非常に嬉しいことです。

 

そんな澤浩氏の、全く新しい内容の日本語書籍が、東京堂出版からこの1月に刊行されました。
これまでに澤氏の作品集としては、レクチャーノートや商品解説書の類を除けば2冊出ています。
1冊は石田天海賞受賞記念の沢浩作品集、そしてもう1冊は、リチャード・カウフマン著の洋書”Sawa’s Library of Magic”です。

 

しかしこれまでの2冊はどちらも、マジックショップなどの専門店で扱われる類の書籍であり、一般の本屋さんで売られる書籍としては今回の本が初めてです。

 

わたしがこの本の出版情報を最初に耳にしたとき、もしかすると上述の”Sawa’s Library of Magic”の邦訳版かな?と思ったものです。
近年、カウフマンの奇術書の翻訳出版が相次いでいるから、という理由もあります。

 

しかしその予想は間違いで、この本は全く新しく書かれた内容のものでした。
上の2冊と重複する内容も多少はありますが、ほとんどは今までに書かれたことのない作品です。
重複する作品についても、以前の解説には含まれないような細かい部分まで解説されていたり、手順内容そのものがバージョンアップしている部分も多いです。
したがって、前の2冊を両方持っている私にとっても、非常に得るもの多く楽しめる書籍でした。

 

今までに出ている東京堂出版の他の奇術書とは異なり、B5判サイズとなっており、かなり大型の本です。
値段も4700円と少々高価ですが、装丁や挿絵も美しく、豪華な気持ちになれる本ですね。

 

なお、上の写真は本の周りに、澤氏の作品に出てくるような素材群を集めて撮影したものですが、必ずしもこの本に載っている奇術の素材ばかりでないことをご承知置きください。

 

「澤浩の奇術」の構成

この本はいわゆる解説書や作品集というものとは、少し目的を異にしています。

澤浩氏といえば奇術のクリエイターとして世界的に有名ですが、本書はこの「奇術の創作」ということを一貫したテーマとして扱う構成となっています。

 

そのために全体が3部構成となっており、1部ではまず「サンプル」として21種類の澤作品が解説されています。
その後第2部は「メソッド」として、澤浩氏の奇術創作の思想と具体的なプロセスが、論文として記述されています。
第一部の奇術解説のほうは、カーディシャンとして名高い宮中桂煥氏が担当され、第二部の理論編については、少年時代に澤氏の薫陶を受け、現在はパリで大学教員をなさっている小坂井敏晶氏の執筆です。

 

第一部は見た目は通常の奇術作品集と同様の体裁ですが、あくまで本の主題は「創作」についてであり、第二部の理論編と繋がっていると見るべきでしょう。
理論編の中でも多数の具体的なイメージが示されていますが、第一部に解説された手順の数々は、後述の思考方法を用いた結果、澤浩氏本人はこのようにアウトプットした、というサンプルなのですね。
本の記載順序はサンプルである作品解説が先となっていますが、後半の理論を読んだあとで、再び各作品を詳しく嚙み締めてゆくと、澤氏の創作過程が追体験できるかもしれません。

 

「メソッド」と「サンプル」が示された、さあ、読者である貴方ならばどういうものを作りますか?と問いかけられているようです。
そして、この本の内容はそのイマジネーションの手がかりとするには十分すぎるほどの、多様性と深みがあります。

 

なお、第3部は参考資料として、発表済みの澤作品のインデックスとなっています。

 

第一部:サンプル(作品解説編)

解説されている21作品の具体的なリストについては、東京堂出版さんのサイトに目次が掲載されていますので、そちらを参照ください。

 

今回のご紹介では、全作品の概略を記述することはしません。
いくつかとくに気になった作品について、簡単にコメントを加えさせていただきます。

 

サブマリン

澤浩氏のコインマジックの代名詞のような作品です。
テレビでも何度か実演されていましたので、ご覧になった方も多いのではないでしょうか。
テーブルマットを大海原に、シルバーダラーを潜水艦に見立てて、コインが水面に浮かんだり潜ったりといった現象を見せます。
シンプルで不思議でかつ、詩的なコインマジックの傑作。わたしもいつか演じてみたいものです。

 

ダイス爆弾

これも代表作のひとつ。何度か商品化され、現在もテンヨーから販売されています。
今回オリジナル手順を読んで驚いたのは、商品化されたアイデアだけが全てではなかったことです。
むしろそういう予想をするマジシャンでさえも騙すような巧妙なサトルティが含まれています。
独創的なアイデア1本に頼るのではなく、細部まで配慮を届かせ専門家さえ騙すようなサトルティを組み込む構成には、つくづく感動を覚えます。

 

昔の奇術誌「季刊 不思議」では、このダイス爆弾と続けて予言のカラーチェンジ現象を演技されていたという記述を読んだことがあります。
多作な澤氏のこと、まだまだどこにも発表されていない魅力的な手順が数多くあるんでしょうね。

 

レモン・トリック

これはミスターマジシャンの根本毅氏が現役時代に得意とされていたそうです。
現象の詩的な魅力、意外性、大胆な方法をこなす満足感など、奇術を鑑賞する立場としても、また演じる側としても、これほどの喜びを与えてくれる奇術はちょっと珍しいと思います。
とは言うものの、私自身はレモントリックを実演したことも、他人が演ずるのを見たこともないので、想像に過ぎないのではありますが。

 

これは”Sawa’s Library of Magic”にも載っていますが、手順には大幅に変更が加えられています。
個人的な感想では、今回の「澤浩の奇術」掲載手順のほうが、実演しやすくなっているように思われます。

 

1-2-4-10

この手順を最初に読んだとき、思わず笑ってしまいました。
いや、内容が滑稽だったからとかそういう理由ではなく、ここまでやるか!という感嘆の意味です。

 

既に有名な澤氏のコインマジック代表作として、ワン・ツー・フォーというマジックがありますが、今回の1-2-4-10はそれの発展形です。
それも、極限まで進めたと言っても差し支えないほどのバリエーションです。

そもそも原案のワン・ツー・フォー自体、かなり実演困難な高度な作品なのですが、それをさらに進めた手順を創作されていたとは・・・

 

著者の宮中桂煥氏は前書きの中で、「その「方法」の難易度は無視して、「効果」本位で」作品を選んだと書かれています。
おそらくは、この1-2-4-10が「方法」の難易度においては一番難しいのではないでしょうか。

 

なお、原案のワン・ツー・フォーにも澤氏自身による多数のバリエーションがありますが、1-2-4-10の直接の原型は、”Steavens Video vol.43 Dr. Hiroshi Sawa”というDVD(元はビデオ)に収められた”Vending Machine”であると思われます。

 

ティー・ブレーク

この作品は、解説を読む前に付録DVDで楽しませていただきました。
カップ&ボールの一種に分類される手順ですが、澤氏らしい詩的な道具立てとストーリー、そしてマジシャンをも欺くサトルティもふんだんに盛り込まれた豊かな手順です。

 

クラシカルな金属のカップ&ボールは大好きですが、こういった独特の素材と、それに合わせたストーリーで演じられるカップ&ボールはいいですね。

 

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

「サンプル」編では豊富なイラストが掲載されており、手順がよく分かることはもちろんのこと、澤氏自身の演技の雰囲気もよく伝わってきます。

 

DSCN0976

イラストを手がけられたのは、小堀文彦氏。
小堀氏が奇術解説イラストを手がけられるようになったのは、荒木一郎氏の著書を担当されて以来のことだと思いますが、今や奇術解説イラストレーターとして確固たる地位を築かれた感があります。
これまでの小堀氏のイラストは、得意の昆虫細密画から来たテイストとも言えるでしょうか、かなり細密に正確に描かれた印象でした。
しかし今回の仕事では、幾分線が細くシンプルな感じで、これまでの絵とは少し異なる印象がありますね。
やわらかいタッチで、今回のイラストも好きです。

 

 

なお、冒頭で触れましたように、これら21作品のうちのいくつかは、これまでの2冊の作品集と重複しています。
超能力ロープ、ピアノトリック、レモントリック、サイレントムービーの4つは、”Sawa’s Library of Magic”に掲載されています。
しかし、中でもレモントリックについては、洋書掲載手順とはかなり異なったハンドリングで、バージョン2と呼んでも良いほどのブラッシュアップが加えられたものとなっています。

 

リンキング・リング・ファンタジーは、石田天海賞作品集にその断片的な手法が4つに分けて解説されています。
しかし今回の本ではそれらが一連の手順として連続した解説となっており、石田天海賞作品集の内容を既に知って演じていても、大いに楽しみ学ぶところがありました。

 

第2部:メソッド(理論編)

この理論編ではまず、奇術の要素を現象・素材・時間・プレゼンテーションという4つの構成要素に分けて分析し、それぞれについて具体的な例を交えて詳細な考察が加えられます。

 

一般的な奇術の現象分類では、少なくとも10種類以上の基本現象に分けて考察されることが多いと思いますが、澤氏の理論では「数量的変化」、「数以外の変化」、「その他の変化」という3種類に大きく区別されているのが新鮮です。

 

素材の要素は、これまでから常に澤氏の奇術の特徴として筆頭に挙げられてきたポイントです。
天海賞記念作品集でも大まかに触れられてはいましたが、今回はさらに詳細な分類が解説されています。

 

これらは具体的なイメージや例を示しつつも、主題としてはあくまで抽象的な概念を中心に据えて論が進められていきますが、後半ではさらにその抽象度が増してゆきます。
ここでは奇術の創作と演技に関する発想方法や哲学、美意識といったものが様々な切り口で書かれており、さながら哲学書の様相を呈しています。

 

実際、筆者の小坂井氏自身文系の研究者であり、ニュートンやケプラー、孔子やアリストテレス、ウィトゲンシュタインといった科学史や思想史の巨人達のエピソードがふんだんに挿入されていることも、この知的な冒険感覚の所以ですね。

 

最後のあたりでは、澤氏の理論を解説しながらも、小坂井氏自身の研究者として、そして奇術愛好家としての彷徨の軌跡をも織り込んだ物語となっており、ついつい感情移入して引き込まれてしまう力作の論文でした。

 

澤浩作品の参考資料

第3部は、これまでに文献・映像・グッズなどの形で発表されてきた澤さんの作品が、一覧にしてまとめられています。

 

文献としては、加藤英夫氏発行の奇術雑誌「ふしぎなあーと」、リチャード・カウフマン著の「Sawa’s Library of Magic」、加藤英夫著「石田天海賞受賞記念沢浩作品集」、アメリカの奇術雑誌Geniiなどが主なところです。

映像では、Steavens Videoの「vol.45 The Magic of Japan」、「vol.43 Dr. Hiroshi Sawa」、そしてL&L Publishingの「The New Coin Magic of Dr. Sawa」が主に含まれています。

グッズ類では、テンヨーやマジックランドから出ていた(出ている)商品のほか、澤氏の作品をほぼ専門に扱ったメーカーのラビット社の商品が紹介されています。
グッズの中でも、ラビット社のサワ・ボックスの解説書と、テンヨーの「ブルー・クリスタルの研究」は、単なるグッズの解説書というよりはレクチャーノートと呼んでよいほどの充実度です。

 

ただ、これらリストも全てを網羅したというわけではなく、いくつか漏れている作品もあるようです。
ネットで見ていると、ラビット社の商品がいくつか漏れているという指摘がありましたし、当サイトで紹介した「Sawa’s Bank Routine」についても、デビッド・ロスのビデオのことしか書かれていないですね。

 

もちろん非常に充実したリストであるのは確かで、また単なる作品名や資料名のみならず、それぞれの簡単な現象まで書かれているので、読み物やイメージソースとしても貴重です。

 

再び、「澤浩の奇術」のテーマについて

本書のテーマは、最初に触れたように澤氏による奇術の「創作」がメインとなっています。
ただ、この「創作」とは単に手順としての新しい手品を考え出すということだけではなく、もっと広い意味で捉えられています。

 

余談ですが、若かりし頃の澤浩氏が影響を受けた、師匠に当たる奇術家に、神谷省吾氏がおられます。
その神谷氏から澤氏に向けてのアドバイスとして、次のような言葉が石田天海賞受賞記念作品集に書かれています。

「沢君、自分の奇術を演じるということは、自分の服を着ることと同じだよ。」

 

世の中の人々に、一人として全く同じファッションの人がいないように、マジックを演じるという行為も、そのことを通じて他人とは異なる自分を発見し表現することである。
このことは、今回の「澤浩の奇術」でも冒頭で氏自身の前書きにおいて強調されています。

 

澤浩氏といえば見たことのないような独創性あふれるオリジナル作品の数々で有名ですが、決してオリジナル手品を創ることだけが創作と呼べるのではなく、その奇術を演じる自分の姿を表現するところにこそ価値があるのですね。

 

わたしも沢氏ご本人にお会いしたこともありますが、常ににこにこと笑顔を絶やさず、誰とでも気さくに打ち解ける好々爺というのが一貫した印象です。
どんなマジックでもこの人が演じるなら見てみたいと思いますし、いやむしろマジックを見せていただかなくてもご一緒してお話をさせていただきたい、そんな人物です。

この人物像こそが、この本のテーマである「創作」の本当の姿なのかも知れません。

いや、しかし出来ればいつの日か、透明人間とかレモントリックとか、本人の演技を拝見したいものですね・・・^^;

 

マジックの手順は、本を読んだりDVDで学べば真似は出来るでしょう。
しかしどれだけ手順に習熟し、スキルを上げたところで、「澤浩氏のマジック」には追いつけません。
手順の真似ではなく、全くこれまでになかったような新しい現象のマジックを考案して演じてもダメです。我々は決して澤浩氏にはなれません。

 

むしろなれないというよりも、誰も澤浩氏になるべきではないのです。
自分自身が、何を見せたいか、何を表現したいのか、それを一生追い求めてゆきましょう。
独創的な手順でもよし、ひょうきんなキャラクターでもよし、切り開くのはどのような要素であってもよいでしょう。
観客から「あなたの奇術を見てよかった」、「また次も貴方の奇術を見たい」、このように言われるようになったならば、それが澤浩氏の説かれる「創作」の成果なのではないかと思います。

 

そのための道しるべ、というかきっかけを、この本によって与えられたような気がしました。

 

付録DVDについて

最近の東京堂出版さんの本は、ほとんど付録が付くようになっていますね。
本が本だけでは売れにくくなっているということの表れなのでしょうか。
だとしたら、単純に喜んでよいのかどうか分かりませんが・・・
やっぱり付録が付けばその分高額になるのも事実ではあるでしょうしね。

 

「澤浩の奇術」にも付録のDVDが付いています。
内容は、主に澤氏本人による奇術の演技等ですが、この本に収められた作品の演技は少ないです。
ティー・ブレーク、松茸、さんま、の3作品だけですね。

 

このDVDで一番うれしかったのは、スロット・マシーンとおしぼり・ジョーズの演技が入っていたことです。
スロットマシーンは氏のコインマジック代表作のひとつで、デレック・ディングルやジョン・カーニーなど、多くのマジシャンに注目され改案が作られています。
私はそれらの改案をいくつも読んで練習もしていたものの、澤氏本人による原案は今まで知る機会がなかったのです。

 

おしぼり・ジョーズについてはとくに現象に憧れていたというわけではないのですが、澤氏の昔の演技写真等で、ホネガイその他の貝を扱われているものが色々とあったので、どういうマジックを演じられていたのだろうと気になっていました。
有名な奇術叙事詩、真珠物語では、アコヤ貝は登場するものの、ホネガイは出てきませんしね。
その答えを、今回のDVDでついに見ることができたというわけです。

 

DVDにはご本人ばかりでなく、奥さんの弓子夫人や娘さん(おそらく?)、澤家の飼い犬の柴犬、それから本の著者の宮中さんの姿も見ることが出来ます。
奥さんや娘さんは奇術の実演や練習風景が入っていますが、宮中さんは演技はされていません。

 

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