コインマジック

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「チャイニーズ・クラシック」 ダイ・バーノン ”Chinese Classic” Dai Vernon

コインマジックの世界でチャイニーズ・クラシックと言えば、2つの異なる手順が思い浮かびます。
ひとつは、両手に持ったコインを2枚ずつ同時に落として握る、という動きを繰り返すコインズ・アクロス手順です。
そしてもうひとつのチャイニーズ・クラシックが、今回ご紹介のダイ・バーノンによる作品です。

ダイ・バーノンのコインマジック作品としては、すでに当サイトでも紹介したカンガルー・コインズや、その他スペルバウンド、ファイブ・コインズ・アンド・グラス等ありますが、カードマジック作品に比べれば少ない印象です。
そんな中でもチャイニーズ・クラシックが、バーノンのコインマジックとしては、おそらく最も有名なのではないでしょうか。
ルイス・ギャンソンによる名著「The Dai Vernon Book of Magic」に掲載された作品です。

 

ダイ・バーノンの「チャイニーズ・クラシック」

それでは、動画をアップしてありますので、よろしければご覧ください。

上で挙げたカンガルー・コインズと同じく、このチャイニーズ・クラシックもコインズ・スルー・ザ・テーブルのテーマの作品です。
硬いテーブルをコインが通り抜ける、コインズ・スルー・ザ・テーブルという奇術には、主に2種類のパターンの作品が存在します。
ひとつはコインが1枚ずつ通り抜けるもので、もうひとつは複数のコインが一気に通り抜けるものです。カンガルー・コインズは前者のパターン、チャイニーズ・クラシックは後者のパターンの、それぞれ代表的な手順のひとつです。
現代ではコインが1枚ずつ通り抜ける手順が演じられることのほうが多い印象ですが、このように複数枚が一気に通り抜けるというパターンも、ドラマチックな効果があり良いものです。

 

さてこのマジックでは、ハン・ピン・チェン(あるいはハン・ピン・チェン・ムーブ)という独特の技法を駆使しています。ハン・ピン・チェン自体、非常に巧妙な技法で、知らなければマニアでも煙に巻かれるものでしょう。ちょっと変わった名前の技法ですが、これは元々中国に伝わっていたマジックであるらしく、それをアメリカに紹介した中国人マジシャンの名前を取ってこのように呼ばれています。

余談ですが、ハン・ピン・チェンあるいは”Han Ping Chien”と、カタカナかアルファベットでの表記しか見たことがありませんが、中国人の人名ですから、漢字表記も出来るんでしょうね。
もうひとつ余談。冒頭に挙げたもうひとつのチャイニーズ・クラシック、コインズアクロスの手順のほうですが、そちらも概念的にはハン・ピン・チェンに似ています。これも元々中国にあった手品が西欧に伝わったのか、あるいはハン・ピン・チェンに似たコンセプトだから、そのつながりでチャイニーズと名づけられたのか。
現時点の私にとっては不明ですが、調べてみると面白いかも知れません。

 

閑話休題。

「The Dai Vernon Book of Magic」でのルイス・ギャンソンの筆によると、バーノンがイギリスで初めてレクチャーツアーを行ったとき、最初にこのチャイニーズ・クラシックが演じられ、知識あるマジシャンの誰もが騙されたということです。
ハン・ピン・チェン・ムーブの概念がまだ西欧に伝わってから新しく、それを知らない人が多かったからなのか?いいえ、そうではないのです。むしろこの技法を熟知しており、自ら演じてもいる人が大半だったにも関わらず、バーノンの演技には騙されたというのです。
そこには、この技法を普通に使うだけではない、バーノンの天才的な構成の妙があります。

まず、6枚のコイン以外に指輪を1個だけ加えたことが、ハン・ピン・チェンにさらなる説得力を加えています。
ハン・ピン・チェンを演じたことのある方ならお分かりになるかと思いますが、両手に同じ枚数のコインで演じるよりも、異なる枚数で行ったほうが説得力が増す気がしませんか。指輪を用いるということは、そのイリュージョンをさらに強めるものだと思います。

また、このマジックでは一度握ったコインを再度改める必要があるわけですが、そこで観客にわざと怪しいと思わせる動作を行うことによって、先ほど見せたばかりのコインをもう一度見せる理由を作っています。全ての動作に、有言・無言の理由を付ける。それが無ければ、改めて見せること自体が逆に怪しい動作にもなりえます。
この作品が紹介されたのと同じ「The Dai Vernon Book of Magic」の第一章には、奇術史上でも有名なコラム”Vernon Touch”が掲載されています。そのコラムの中で有名な”Be Natural”という概念が提起されているわけですが、チャイニーズ・クラシックの構成はまさにその好例です。

このあたりの、観客の心の機微をコントロールするような演技というのは、マジックの技法とはまた異なる大変な難しさがあります。しかし只の手品・奇術を魔法に昇華させるには、このような心理的コントロールが不可欠なのです。そういった要素を学び練習するためにも、このチャイニーズ・クラシックは素晴らしい脚本となるでしょう。

それから、この手順は2段構えになっているわけですが、1回目と2回目と同じことを繰り返しているように見えて、微妙に異なる手法が採られている点が天才的です。
2回だけの繰り返しとは言え、いわばカードマジックのアンビシャスカードのように、表面上は同じですが少しだけずらした手法を取り入れることによって、観客の脳内でそれらが相互に補完され、全体としての不可能性を高める要素となっています。

 

最後に、動画のハンドリングは「The Dai Vernon Book of Magic」に解説された原案とは若干変えていますので、その部分を補足しておきます。

まず技法的な面ですが、原案では古典的なタイプのハン・ピン・チェンで、TP(略して頭文字のみ)を用いたやり方となっています。それに対して、私の動画ではCP(同じく略)を用いています。
この理由ですが、ハン・ピン・チェンといえば、個人的にはジェフリー・ラタの「究極のハン・ピン・チェン」”Ultimate Han Ping Chien”を練習して用いており、この技法を行うときは常にCPを使っています。
チャイニーズ・クラシックにおいて、3枚をCPしてこの技法を行うのは、TPに比べれば多少リスクが高いとも言えるでしょうけども、個人的にはそちらのほうがやりやすく感じています。また、テーブル上のコインと指輪を拾い上げるときには、CPのほうにアドバンテージがあるでしょうね。

それから、貫通するときの音の使い方についてです。
原案では、貫通させる前にコインでコンコンとテーブルを叩くような動作は解説されていません。(バシッと叩きつける音をさせる部分はありますが)
この部分は、個人的に昔から気に入っている、スライディーニの2枚貫通手順のハンドリングを参考にして付け加えてみました。
そのために今回はマットを用いずに、硬いテーブルの上で演じましたが、これはハン・ピン・チェンを多少やりにくくさせる要素ではありますね。

 

ダイ・バーノンの「チャイニーズ・クラシック」を解説した文献等

この作品は、1956年発行のルイス・ギャンソン著「The Dai Vernon Book of Magic」に解説されました。

日本語では、東京堂出版の「コインマジック事典」に解説されている、コインズ・スルー・ザ・テーブル(3)という手順が、概ねチャイニーズ・クラシックと同様の手順です。

8/25追記
松田道弘氏の著による「クラシック・マジック事典」(2ではないほう)に、コインマジック事典よりも詳細にチャイニーズ・クラシックの解説があります。

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コメント

  • コメント (2)

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    • 峯崎浩一
    • 2013年 8月 24日 11:32pm

    荒木一郎「テクニカルなコインマジック講座」に、この作品の
    バリエーションで「中国コインの伝説」が掲載されてます。
    指輪の代わりにチャイニーズコインを使った、いかにも荒木さんらしい仕上がりです。

    • 情報ありがとうございます。見てみました。
      原案に比べるとかなりテクニカルな印象で、あと演技に加えられたストーリー的な要素、荒木さんらしい作品だと思いました。

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