カードマジック

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「スペクテイター・カット・エーセス」 エド・マーロー ”Spectator Cuts to the Aces” Edward Marlo

奇術の工程のうち、クリティカルな箇所を観客自身の手で行える作品は、カードマジックに限らず効果的です。
どれだけ鮮やかな手練で演じられる手順であっても、全てが奇術師の手の中だけで起こるマジックよりは、一部でも客自身が操作をすることが出来るもののほうが、観客の印象にも強く残ります。

スペクテイター・カット・エーセス “Spectator Cuts Aces” あるいはスペクテイター・カット・トゥ・ジ・エーセス “Spectator Cuts to the Aces”と呼ばれる、今回紹介のプロットは、カードマジックの中でも多くの派生を生んでいるジャンルです。

現象は名前が表すとおりです。
観客自身がデックを4つの山に分けると、それぞれのトップカードが全てエースである、というのが基本プロットです。
このテーマでは多くの作品が発表されており、プロット、手法、原理それぞれにおいて様々なバリエーションがあります。
多くはレギュラーバージョンですが、ギャフバージョンも存在します。
またセルフワーキングと言ってもよい簡単なものもあれば、非常にテクニカルな手法を駆使した手順もあります。

今回ご紹介のマーロー作品は、多くの作品の中でも、このプロットの標準手順のひとつと見なされている(と私が感じている)手順です。

 

エド・マーローの「スペクテイター・カット・エーセス」

では、動画をアップしてありますので、よろしければご覧ください。

この作品はセルフワーキングではなくスライハンド手順ですが、比較的簡易な手法で、現象と技術的難易度のバランスの取れた佳品だと思います。

まず、最初にデックを4つの山に分ける箇所は、まったく見た通りの動作をそのまま観客にやってもらうだけです。
この分ける部分で、色々とパケットを重ねたり数えなおしたりする手順もありますが、そういうものに比べてこの作品の直截的ハンドリングは、明快でストレスがありません。

 

また、このプロットの他の作品においては、ある種の錯誤というか、サトルティのような原理を用いる手順もあります。
何と言うか、正確に検証するとおかしい動作なのだが、見た目の流れで何となく問題なく見える、というような。
一例として、高木重朗氏の”Who Cuts First?”とか、少しプロットが違いますがGary Ouelletの”Three Second Wonder”などはそういった大胆なサトルティを利用したものです。

このようなある種の大胆な手法については、一概にどちらが良いとも言えず、各人の好みもあるでしょう。
しかし出来るだけ不合理な動きを廃した、正直なハンドリングを採用したいという考えにも、一定の正当性はあるように思います。

その点で見ると、マーローによるこのバージョンの「スペクテイター・カット・エーセス」では、動作自体に不合理な点はありません。
秘密操作を含むハンドリングを演じた場合と、表面上の操作をそのまま正直に演じた場合とで、見た目に違いは現われないということです。
この点は、私がこの手順を好きな理由のひとつです。

 

最後に、基本的に「スペクテイター・カット・エーセス」のプロットはエース・オープナーの一種であり、これだけで終わるというのではなく、出現したエース(または他のフォア・オブ・ア・カインド)を用いて他の奇術に続ける、というのが自然な流れでしょう。

 

エド・マーローの「スペクテイター・カット・エーセス」へのこだわり

まず私の中では、エド・マーローの「スペクテイター・カット・エーセス」といえば、まず代表的なバージョンとして今回紹介の作品を認識しておりました。
その他の本人によるテクニカルなバリエーションは色々ありますが、まずこの作品がベースであり、恐らくは最初期に発表されたものだろう、そう勝手に思っておりました。
ところが今回記事を書くにあたって色々と資料をあたっていたところ、どうもそう単純でもないようなのです。

まずエド・マーローによるこのプロットへの取り組みは、1956年にBob VeeserからMarloに宛てられた書簡の中で、3つの解決法とともにプロブレムとして示されたところから始まるようです。
Bob Veeserはマーローの友人マジシャンで、Veeser ConseptとかVeeser-Dingle Bluff Shiftなどの技法名にいくつか名前を残している人です。

私の手持ちで確認できる中で時期的に最も早いものは、「New Tops」1965年3月号での記事です。ここに上述のBob Veeserの書簡の件も書かれています。
ここでは”Spectator Cuts to the Aces”という名称ではなく、”A Problem Posed”と題されています。「(Bob Veeserによって)提起されたプロブレム」ということですね。今日一般的である”Spectator Cuts to the Aces”というプロット名が題されていないあたりからしても、プロットとしての標準形や名称が固まりきらない黎明期の資料という感があります。

posed problem

 

ただし、この「New Tops」1965年3月号には10種類の手順が解説されているのですが、このうち最初のバージョンが「35th method」と題されているのです。
つまり35番目と言うことですが、マーロー自身がこれ以前に34種類のバージョンを発表したという意味ではありません。マーローのノートや、その他友人知人等、彼が把握している範囲で発表された手順も含めて、このプロットに属する手順がすでに34種類存在していた、という意味合いです。

今回ご紹介の手順は、「New Tops」1965年3月号掲載の10種類のうち3番目、すなわち「37th method」のようです。
10種類の中では、マーロー自身の意見では最初の「35th method」が最もシンプルかつ優れたものとの但し書き付きです。「37th method」については特筆無く、その他大勢の中の1手順という扱いでした。

私の感覚では、今回紹介の、ここで言うところの「37th method」がマーローによるこのプロットの代表作のような認識でしたので、この扱いは意外なことでした。
なお「35th method」は見た目のハンドリングは「37th method」とほぼ同じですが、いわゆる大胆なサトルティの要素を含みます。技巧的にはより簡単かも知れません。
その他のバージョンは、これらよりは概ねテクニカルな感じがしました。

また私の手持ちで確認できる範囲で、時期的にさらに少し後になる「New Tops」1976年8月号に7手順、またさらに「Marlo’s Magazine vol.3」Marlo’s Magazine(1979年)に3手順、「Marlo’s Magazine vol.5」(1984年)に12手順、このプロットの作品が発表されています。

とくに「Marlo’s Magazine」掲載のものは、「New Tops」掲載10手順のうちのテクニカルなものよりも、さらにテクニカルになりすぎた印象です。
例えば「Marlo’s Magazine vol.3」(1979年)掲載のLapとAngle Palmを使った手順について、松田道弘氏は著書の中で、「読者にやってみようという気をおこさせることの無い未熟なアイデア」と述べられています。

未熟なアイデアも含めて玉石混交の状態で夥しい作品を発表しまくるというのは、”Spectator Cuts to the Aces”に限らずマーローの基本的な傾向です。
その中で30年以上にも亘って、同じプロットで数十種類もの手順を考案し発表するというのは、このプロットに対するマーローの思い入れを感じさせます。
上記は純粋に”Spectator Cuts to the Aces”のプロットに属する作品の数であり、ボトムからも別のカードが出てくるとか、偶然出たカードの数字の枚数だけカウントしてエースが出現する、などのバリエーションプロットを含めれば、さらに数は膨らみます。

 

エド・マーローの「スペクテイター・カット・エーセス」を解説した文献等

上述のように、ここで紹介したマーローの「スペクテイター・カット・エーセス」は、1965年の「New Tops」3月号に収録されたものです。
その後「New Tops」のマーローの記事だけを集めた書籍「M.I.N.T」(Marlo in New Topsの略)の1巻にも収録されています。

spectator cuts to the aces

 

さて、英語文献についてはそれで良いとして、この作品の日本語文献についてです。
私自身は20年以上前からこの作品は演じており、他のマジシャンによって演じられる場面も見てきました。なので当然、日本語の有名どころのカードマジック文献で紹介されているのだろうと、漠然と思っていたのです。
しかし「カードマジック事典」や入門事典、その他昔から流通する主だったカードマジック文献をあたってみたところ、マーローのこの手順を解説したものが見当たらないのです。

唯一手持ちの中で確認できたのは、マジックマガジン社から出ていた季刊雑誌「不思議」の1982年冬号です。ここに掲載されているジョニー・トンプソンの「4枚のAの手順」のうち1段目がマーローの手順です。(なお2・3段目は、マクドナルドのエースの記事で紹介した、トライアンフとアセンブリを続けて演じる手順になっています。)
日本語でのこの手順の紹介が、季刊「不思議」のこの記事だけだとは思えないのですが、現時点では他の文献は未確認です。

映像資料では、マーローの弟子であるアメリカのプロマジシャン、ビル・マローンによるマーロー作品のDVD「Malone Meets Marlo」の3巻に収録されています。
マーローの作品を知り尽くしたビル・マローンが、マーローの集大成的なDVDである本作に、”Spectator Cuts to the Aces”としてこのバージョンを収録したということは、やはりこれがマーローによるこのプロットの代表作と捉えて良さそうな気がします。
またマーロー本人によるこのプロットの演技・解説はDVD「The Legend」にあります。
が、今回の記事で紹介のバージョンと似ていますが若干異なる手順です。

 

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コメント

  • コメント (6)

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  1. いつも楽しんで読ませていただいてますが、初めてコメントいたします。

    スペクテイターカットジエーセズ、私も好きなプロットです。私はどちらかと言うと、超ビジュアルな現象よりは、「物理的な奇跡ではなく、確率的な奇跡」(Out of this worldなんかが典型例ですよね)が好きで、この手の作品はよく演じます。マーローの手順は、マニアックな手順も多いカーローの作品にあっては、珍しくクリーンで実用性も高く、私も気に入っています。

    ゆうきともさんが、エースプロダクションの中でも一番基本的な「Ace Bonanza」(3枚配って……の奴)を、「下手にテクニカルなエースの取り出しをやるくらいなら、こちらの方がよっぽどいいです」と言われて、「なるほどその通りだ」と思わされましたが、やはり相手に操作させた結果、不思議が起こるというのは見た側の印象にも残るようですね。

    • NaGISA様、コメントありがとうございます。
      去年NaGISA様のブログにも一度コメントさせていただきましたが、マジック関係の記事についてはちょくちょく拝読させていただいております。

      マーローといえばテクニカルでマニアックなイメージがありますが、この作品とか、エレベーターカード(penetration)など、シンプルなハンドリングの名作も意外と多いんですよね。
      「Ace Bonanza」は、確かにこれ系統ではある意味で究極の手順かも知れません。始めから終わりまで、全ての操作を観客が行ってしまうわけですから。

      ただ、手順の始めから終わりまで全部相手に操作させるというのは、マジシャンの誘導の力量次第な面もありそうです。
      演者が力不足だと、他の観客からダレた印象を持たれる危険性もあり、相手の操作が多ければ多いほど良いとは一概に言えないと思います。
      しかし手順の中でポイントを絞って相手に操作させられるというのは、良いスパイスになることが多いようです。

    • 峯崎浩一
    • 2014年 2月 15日 7:04pm

    マーローのこの手順ではありませんが、全く同じ現象(観客に4山カットさせ、そのトップから4Aが出る)は、「松田道弘のカードマジック」の”私のエース・オープナー(P150)”に紹介されてます。
    いちおうスペクテイター・カットという意味では古い日本語文献になりますけれど・・ハンドリングが違いますし、マーローの訳文が他にあるかもしれませんね。

    • ありがとうございます、松田さんの第一作ですね。その本だけ、実家に置いてあって、今手元に無いんですよね…
      森下宗彦氏の手順を改案した作品だったでしょうか。
      そうであれば、あれは確かに、見た目はスペクテイター・カット・ジ・エーセスそのものですね。
      同プロットの他の作品はあるでしょうけども、マーローの今回紹介したバージョンの手順が、日本でどのように紹介されたのか知りたいものです。
      私自身が学んだ経緯は詳しくは忘れましたが、そもそもの最初は誰かに直接教えてもらったような気もします。

    • 2015年 4月 10日 6:03pm

    動画を見て不思議で仕方ありませんでした。自分でいろいろ考えましたが、4枚をいっぺんにとってす
    り替えるとと簡単ですが、どうも、ばれそうです。ゆうきさんのdvdを購入しようと思いましたが、お金がもったいないので、やめました。高木さんの「カードマジック辞典」に似たようなものが載っていました(220ページ)Aの出現
    でも上記の動画の手順が気になって仕方ありません。

    • 凧さんコメントありがとうございます。
      動画の手順は結構単純なものです。同種の手順の中にはさらに大胆で単純なものもありますが、マーローのこの作品はバランスよくまとまっている傑作だと思います。
      事典220ページの作品、確かに同種の手順ですね。この作品も有名ですが、どちらかといえばサトルティを効かせている部分があります。そういう要素は、マーローのこの作品には少ないですね。

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