マジックになじみの無い方でも、ミスディレクションという言葉を聞けば、おおよその意味合いは想像がつくでしょうか。
ミスディレクションとは、ディレクション(=方向性)をミスさせる、つまり、観客の注意を間違った方向に向けて、秘密動作や真実から逸らせる技術のことを言います。
これはカードマジック、コインマジックを問わず、いやクロースアップマジックとステージマジックの別を問わず、あらゆるマジックにおいて重要な技術です。
とくに、クロースアップマジックの隆盛を見た近代以降、理論的に洗練されたものとなりました。
ミスディレクションの種別
ミスディレクションには、大きく分けてフィジカル・ミスディレクション(物理的ミスディレクション)と、サイコロジカル・ミスディレクション(心理的ミスディレクション)があります。
フィジカル・ミスディレクションとは物理的な手段によって、主に観客の視覚を騙すテクニックです。
手や身体の動き、セリフや視線によって観客の意識をコントロールするもので、一般的に言われるミスディレクションは多くがこの範疇に入ると思います。
サイコロジカル・ミスディレクションとは、観客の思い込みや常識を逆手にとって、真実とは異なる内容を信じ込ませるテクニックです。
それぞれ、後述します。
フィジカル・ミスディレクションの例
これは文字通り、観客の意識を秘密の部分から逸らすテクニックで、極端にステレオタイプな例を挙げれば、「あ!UFOだ!」と叫んで左上を指差して見つめ、観客がそちらを見た隙に右手で秘密動作を行う、みたいなものです。
むろん実際のマジックでこのような稚拙な方法を用いることはありませんが、コンセプトとしてはそういうものです。ただ、実際の方法はもっと自然な、洗練されたテクニックを用います。
たとえばプロマジシャンの演技を見た後の一般観客が、「マジシャンは決してカードには触らなかったのに、不思議なことが起こった」という主張をすることがあります。
しかしこれは多くの場合、マジシャンによるフィジカル・ミスディレクションにかかっているものであって、実際にはミスディレクションのかげで、マジシャンは堂々とカードに触っていたりします。
ミスディレクションの達人であった名手、ジョン・ラムゼイの言葉に次のようなものがあります。
「もし観客に何かを見てもらいたいと思ったら、あなた自身がそれを見なさい。」
「もし観客にあなた自身を見てもらいたいときは、あなたが彼らを見なさい。」
これは視線を使ったフィジカル・ミスディレクションの真理です。
マジシャンは、観客の注意を引きたい部分を自ら見て、見て欲しくない部分には気づかせないために、そちらは一切見ないのです。
またもうひとつの真理として、「観客の視線は動くものに集中する」というものがあります。
たとえば、何か物体を右手から左手に渡したフリをして、実際には右手に残っているとしましょう。このときマジシャンは、握ったほうの左手を動かして観客に示し、右手のほうは目立たないようにそっとおろすわけです。
実際には、これら動きと視線は併用されることがほとんどです。個々のマジックでの応用例については、今後このブログでいろいろと紹介してゆきましょう。
サイコロジカル・ミスディレクション
サイコロジカル・ミスディレクションは、フィジカル・ミスディレクションに比べれば少し理解しにくい概念です。
たとえば、次のような例を考えて見ましょう。
・マジシャンはマグカップを持っている。手に持ったコインをマグカップに向かって投げ下ろし、同時に”チャリン”という音が聞こえた。また、投げ込んだ後のマジシャンの手は空に見えた。
恐らく大抵の観客は、この一連の動作によって、コインがマグカップに入ったものと信じるはずです。
しかし実際には、マグカップの中に確かにコインが入ったことを確認してはいません。
手から投げ下ろせばコインは落ちる。
マグカップにコインが入れば音がする。
これは人間ならばだれでもが持っている常識です。この常識により、実際にはコインが入っていなくても、マグカップにコインが確かに入ったと錯覚するわけですね。
この種のサイコロジカル・ミスディレクションが強烈だと、観客は後から「確かにカップの中にコインが入ったことをこの目で見た」と主張することさえあります。
常識が、間違った内容を真実の記憶としてインプットしてしまうのですね。
なかなかそこまで強烈な効果をコントロールして得ることは出来ませんが、こういった経験も奇術の面白さのひとつには間違いありません。
ミスディレクションについては以下の記事も、よろしければご覧下さい。
「顕在的」ミスディレクションと「潜在的」ミスディレクション
(以下は2013年9月26日に追記)
ミスディレクションについて学ぶことの出来る書籍等
マジックの解説の中にミスディレクションの内容も含まれていることは多いですが、ミスディレクションそのものを取り出して解説したものは、そう多くはありません。
とくに日本語書籍では少ないですね。
高木重朗氏の著で講談社現代新書から出ていた「魔法の心理学」と「トリックの心理学」ファイブ・ポインツは、文章量もそう多くなく、一般の人がマジックの裏側にある理論の概略を理解するのに格好のテキストでした。
しかし惜しむべきことに、これらはいずれも絶版となっています。
現在日本語で手に入りやすい書籍の中で、ミスディレクションを学ぶのに最もすぐれたテキストと思えるものは、スペインの巨匠ホワン・タマリッツによる「ファイブ・ポインツ」です。
いえ、「日本語で手に入る中では」と限定せずとも、洋書を含めてもミスディレクションの解説書としては最高クラスでしょう。こんな良書を邦訳していただいたことに感謝です。
ただし「ファイブ・ポインツ」は初心者向けではなく、すでにマジックをやっている人が一段高いステップを目指すためのものと言えます。
マジックはやったことが無いが、興味本位でミスディレクションが知りたいという方は、上述の「魔法の心理学」や「トリックの心理学」のほうが良いでしょう。絶版ですが、古書ならばかなり安価で入手可能です。
すごくわかりやすかったです。けど、もっともっと知りたいです。
>黒子テツヤさん
コメントありがとうございます。
ミスディレクションはある意味、マジックの技術全般と言ってもいいほど広い概念なので、なかなか分かりにくいですよね。
今後も機会を設けて書いてみたいと思っています。
てっちゃんはここでミスディレクシュン極めたんだね~^^
なるほど、前にコメント頂いた「黒子テツヤ」さんというのは、黒子のバスケの主人公の名前だったんですね。
そして桃井さんはその幼馴染ですか。なるほど。
黒子のバスケでミスディレクションが出てくる関係からか、そちらの検索ワードで当サイトへ訪問される方が結構多いようです。
訪問者が多いのは嬉しいですが、果たしてマジックをされない方に役立つような記事になっているのか、ちょっと心もとないです^^;
卓球に応用できるかな?
コメントありがとうございます。
バスケットボールよりは、応用しやすいかもしれませんね。
サッカーに使えるかな?
分かりませんが、バスケットボールに使えるのだとすれば、サッカーにも使える可能性はありそうですね。