マジック関連以外のメディアで、ちょっとした興味深い記事を見つけたのでシェアします。
以下の日経サイエンスのサイトの記事、「なぜマジックにだまされるか」です。
http://www.nikkei-science.com/page/magazine/0903/200903_046.html
おそらくはマジック業界とは関係のない科学者である、S.マルチネス=コンデ氏とS. L.マクニック氏という2人の人物による記事となっています。
このサイトにある文はおそらく全文ではなく、上下に購読ボタンがあることから、お金を払ってダウンロード購入すれば、抜粋ではない全文を読むことができるということなのでしょう。
わたしはこの記事の本文は購入していませんが、ここにある抜粋だけでもなかなか興味深い内容ですので、これについて多少補足的なことも述べてみたいと思います。
全文を読んだわけでは無いので、もしかしたら著者らの趣旨に対して的外れなことを書いているかも知れません。
あくまでこの抜粋文を読んだ上での感想にすぎないことを、ご了承ください。
なお今回はミスディレクションに関する記事ですので、ミスディレクションが基本的に何なのかを把握されていない方は、以前に書いたミスディレクションの基本記事に目を通していただければ幸いです。
「顕在的」ミスディレクションと「潜在的」ミスディレクション
リンク先記事では、マジシャンの最大の武器がミスディレクションであることを指摘し、さらにそのミスディレクションには、「顕在的」ミスディレクションと「潜在的」ミスディレクションの2種類があると述べています。
そしてそれに続けて、ミスディレクションの具体例としてボールが消えるマジックを挙げているのですが、文脈から読むとこれは潜在的ミスディレクションの例としているのでしょうか。
ミスディレクションを「顕在的」と「潜在的」という2つのパターンで分類した文章は、個人的には初めて読みました。
しかし、マジックをやる立場から考えると、確かにこういう分類は当てはまると思います。
ただし、ここで挙げられたボール消失が「潜在的」ミスディレクションなのかというと、何となく認識のずれを感じるのです。
サイコロジカル・ミスディレクション
以前の記事では、フィジカル・ミスディレクションとサイコロジカル・ミスディレクションの違いを簡単に説明いたしました。
もう一度簡単にここでまとめると、フィジカル・ミスディレクションではマジシャンの動きやセリフなどによって、観客の注意が別のところに向けられ、「見落とし」を誘発されます。
それに対して、サイコロジカル・ミスディレクションでは観客が見落とすというよりも、マジシャンの動きや視線・音などの要素の影響で、誤った事項を積極的に信じ込まされるということなのですね。簡単な言葉で表現すれば錯覚です。
前回のサイコロジカル・ミスディレクションの例では、コップにコインを落とす例を挙げて説明いたしました。
今回のボール消失も、まさにそれと似た例だと思いませんか。
マジシャンがボールを持ち、それを空中に投げ上げる動作を行い、それと同時に両手を開く。もちろんマジシャンの視線も空中を追うので、観客はまさに空中にボールが投げ上げられたという、瞬間的な暗示にかかるわけです。
この暗示が強烈だと、本当に空中に投げ上げられたボールの形をこの目で見た、と信じ込む人も出るぐらいです。
つまりサイコロジカル・ミスディレクションにおいて観客の中に主に起こっているのは「見落とし」というよりはむしろ、積極的な「錯覚」であり「暗示」であるということです。
これが、わたしが若干ながら感じた違和感の理由です。
ならば潜在的ミスディレクションとは?
上記のボール消失の例がサイコロジカル・ミスディレクションであり、「見落とし」としての潜在的ミスディレクションではないとすれば、潜在的ミスディレクションとはいったいどのようなものを言うのでしょうか。
わたしの考えでは、これが「見落とし」を誘発する技術であるとすればですが、顕在的・潜在的ミスディレクションの双方ともが、フィジカル、あるいはバーバルなミスディレクションに属するのではないかということです。
つまり明確な誘導を伴う「見落とさせる技術」が顕在的ミスディレクションで、明確な誘導のない「見落とさせる技術」が潜在的ミスディレクションと呼ぶべきなのかなと。
例えばウォッチスチールなどはどうでしょうか。
「明確な誘導が無い」とまで言えるかどうかは議論の余地はあるかと思いますが、右手に注目を集めて左手で秘密操作を行う、といった典型的ミスディレクションとは、少し異質なものを感じます。
あるいは、シカゴ・オープナーの演技で、1枚目に色が変わったカードをテーブルに置いて、手順の最後まで客に触らせない技術など。
慣れていない人が演じると、2枚目のカードを選ばせる前に、観客がテーブル上のカードを勝手にめくってしまうそうですから、やはりこのあたりにもマジシャンによる、ある種の技術が働く必要があるのでしょう。
一種のオフビートに近い概念かも知れませんね。
もちろん顕在的・潜在的ミスディレクション、フィジカル・サイコロジカルミスディレクションのいずれも、それぞれ独立しているというよりは密接に絡み合っているものです。
ですからここで挙げたコップのコイン消しやボール消失などの例でも、サイコロジカルミスディレクション単体というわけではなく、フィジカルミスディレクション、潜在的・顕在的ミスディレクションも含まれているものだとは考えています。
今回の短時間では、ちょっとそこまで明確に考えをまとめることは出来ていませんが、少なくともフィジカル・ミスディレクションの中にも色々と異なる概念が包括されているのは確かであるように思えます。
またいずれ、新たな発見があったり考えがまとまった場合は、こちらで報告させていただきたいと思います。
最後に
なお最後になりましたが、冒頭に貼った画像は、記事内容とはとくに関係ありません。
これも一種のミスディレクション・・・?^^;
しかしこの画像が何なのかが分かる人は、もしかしたら私と趣味が合うかも知れませんw(マジック以外で)
【2013年11月9日追記】
ここで紹介した日経サイエンスの記事の著者であるS.マルチネス=コンデ氏とS. L.マクニック氏の著書「脳はすすんでだまされたがる-マジックが解き明かす錯覚の不思議- Sleight of Mind」を、別記事でレビュー致しました。
今回の内容と、テーマは共通していますので、よろしければそちらの記事も合わせてお読みください。
ミスディレクションは心理学なのでしょうか、それとも行動分析学なのでしょうか?
ミスディレクションそのものは経験知の集合であって、学問ではないと思います。
要素としてはどちらも含まれるでしょうけども、あえて個人的な見方を言うならば、心理学の要素のほうが強いかなと。
でも行動分析学も(私はよく知りませんが)こころの動きも対象にするみたいなので、そういう意味ではやっぱりそっちにも当てはまりそうです。
このミスディレクションについてのテーマは、
深く広い話題となりましょうか。
マジシャンの演出論にからめて考察すると、
更に味わい深い興味津々の熟考ものですね。
よい記事のご紹介ありがとうございます。
確かに、この著者はマジックの専門家というわけではないので、具体的なマジックのやり方や演出の話にまではなかなか及ばない感じはありますね。
もう少しマジシャン側の観点からこの種の議論を深めれば、興味深いものになりそうです。
関連記事に、こんなのもありました。
脳科学のフロンティア 意識の謎 知能の謎
https://nikkeibook.com/science/page/sci_book/bessatsu/51166/51166-maegaki.html
関連記事のご紹介、ありがとうございます。
当サイトでは、この記事よりも後に書いた、書籍紹介
http://www.cardcoinmagic.com/2013/04/%E8%84%B3%E3%81%AF%E3%81%99%E3%81%99%E3%82%93%E3%81%A7%E3%81%A0%E3%81%BE%E3%81%95%E3%82%8C%E3%81%9F%E3%81%8C%E3%82%8B/
の書籍が、まさに日経のこの記事の著者の手になるものでした。