ケン・クレンツェルはニューヨーク出身のアマチュアマジシャンで、とくにカードマジックのスライハンドにおいては世界的に知られた名手です。
カードのエキスパートとして知られていましたが、中でもとくに両手で行うクラシックパスに関しては、伝説的な達人とされています。
またケン・クレンツェルはその技術的スキルにおいて著名でしたが、それに勝るとも劣らぬくらいに、独創的なマジックの思考にも長けた人でした。
技術だけではない巧妙なアイデアに裏打ちされた作品も数多く残しています。
ケン・クレンツェルのマジック
ケン・クレンツェルの名前は、欧米ではクラシックパスとともに記憶されているようです。
例えばデレック・ディングルは1970年代~80年代ごろのマジックシーンにおいて、クラシックパスの名手と謳われましたが、その彼がクラシックパスにおいて最も影響を受けたのは、ケン・クレンツェルです。
さらに今日、ケン・クレンツェルの名前で最も知られている技法は、メカニカル・リバースでしょう。
その名の通り、動作の自然なメカニズムが確立されたリバース技法で、デックをひっくり返すという動作が自然に見える理由付けさえあれば、もっとも簡単で効果的なリバース技法のひとつだと思います。
今日でも多くのカーディシャンが愛用する、スタンダードな技法のひとつです。
そのほかには、非常にマニアックな4エースアセンブリのテーマである、プログレッシブ・エーセスを提起したのも、ケン・クレンツェルが最初です。
プロブレムとしての提起が「Epilogue」誌16号、そして同じ雑誌のケン・クレンツェル特集号では、彼によるプロブレムの回答としての手順も発表されています。
その後このプログレシブ・エーセスは、4エースアセンブリの中の主要なテーマのひとつとして、多くのマジシャンの興味を引き続けています。
ケン・クレンツェルの生い立ち
ケン・クレンツェルは1927年出生、生まれも育ちもニューヨークの、生粋のニューヨーカーです。
彼は7歳の頃に手品に興味を覚え、ほどなくしてF.A.M.E.(Future American Magical Entertainers)という団体のメンバーとなります。
このF.A.M.E.は現在の目で見ると驚くべき団体で、この中から将来の世界的なマジシャン、フランク・ガルシア、アルバート・ゴッシュマン、ハワード・シュオルツマン、ハリー・ロレインといった人々を輩出することになります。
その後彼は大学で心理学を学び、精神科の医師となります。そのため、マジック界でもDr. Krenzelと呼ばれることもあります。
その一方で、アマチュアマジシャンとしてカードマジックのエキスパートとしても有名になり、The Gen, Genii, MUM, Hugard’s Magic Monthly, Phoenix, Hierophant, Kabbala, Epilogue, New Jinx, Apocalypse, and the Minotaurといった多数の奇術雑誌で作品を発表するようになります。
その後ハリー・ロレインによって、1978年に「 The Card Classics of Ken Krenzel」というハードカバーの作品集が出版されました。
さらにその後ステファン・ミンチにより、3冊の作品集が出版されています。
そしてケン・クレンツェルは、2012年2月8日に亡くなりました。
ビデオ時代の初期に、優良なレクチャービデオを多数製作していたVIDEONICSのシリーズの中に、ケン・クレンツェルの巻が出ています。
「Card Classics」という3巻組のビデオと、「The Pass」という1巻の作品です。
「The Pass」は、伝説的なパスの名手であるクレンツェル本人による実演が見られる、貴重なビデオであるはずなのですが、やはりいかんせん全盛期の映像ではないためか、わたしが見たときは「これぞ神業」とまでの感想は持てませんでした。
ケン・クレンツェルの関連文献等
ケン・クレンツェルの作品が発表された雑誌は、上述のように多数に上るのですが、私の手元にあって確認できるものでは、Epilogueの10号、16号、23号とケン・クレンツェル特集号に彼の名前が見えます。
ハーヴェイ・ローゼンタール(Harvey Rosenthal)との共同作品もあり、彼との距離は近かったようです。
ケン・クレンツェルの紹介文も、ローゼンタールが書いていることが多いです。
まとまった形の作品集としては、リチャード・カウフマンとの共著である「On the Up and Up」(1978)、ハリー・ロレインによる「 The Card Classics of Ken Krenzel」(1978)があります。
さらに後年ステファン・ミンチ(Stephen Minch)によって著された作品集に、「Ken Krenzel’s Close up Impact」(1990)、「Ken Krenzel’s Ingenuities」(1997)、「Ken Krenzel’s Relaxed Impossibilities」(2009)があります。
なお、この記事の最初にある画像は、「Ken Krenzel’s Ingenuities」の表紙絵から借用した、ケン・クレンツェルの似顔絵です。
ケン・クレンツェルの日本語書籍等
ケン・クレンツェルの作品で日本語で解説されたものは、そう多くないと思います。
「カードマジック事典」に、ライジングカード②として、即席のライジングカードが解説されています。
また、マジックショップ「ミスター・マジシャン」の顧客向けサービス原稿をまとめた、「奇術の面白さ」という本にも、ケン・クレンツェルの作品が1つ掲載されています。
The Very Best of Gary Ouellet というDVDの第3巻に、クレンツェル本人がゲリー相手にパスを演じております。「The Pass」と同じ映像なんでしょうかね?
>峯崎浩一さん
コメントありがとうございます。
クレンツェルの「The Pass」でも、ギャリー・ウォレットがホスト役をつとめて、彼の横でクレンツェルが立った状態でパスを演じています。
恐らくは同じ映像ソースによるものではないでしょうか。
私もこの映像を見た時にそんな凄いとは思わなかったのですが・・
なるほど、全盛期を過ぎた映像という事で納得しました。
>峯崎浩一さん
わたしも彼の演技はビデオニクスのビデオでしか知らないので、本当に全盛期を過ぎているのかどうか判別は出来ないんですけどね。年齢的に考えても、おそらくそういうことであろうと。
ディングルの本をはじめ、クレンツェルがパスの巧者であると書いた文章は結構多いので。