カードマジック、トランプマジックで普通の人が思い浮かべる現象としては、例えばカード当て、変化、移動、予言、などといったものが挙げられると思います。
今回紹介する、ダイ・バーノンによるオールバックという作品の現象は、大まかに分類すれば変化現象の一種ですが、ワイルドカードやカラーチェンジのような、いわゆる変化現象とはずいぶん印象の異なる、異常現象が示される手品です。
一組のトランプの表が無くなってしまい、両面裏ばかりになってしまうという現象は、ダブルバックカードを見慣れたマジシャンにとってはさほど珍しいものでもないです。
しかしカードマジックを見慣れない一般の観客にとっては、まさに予想を裏切る奇異なカードトリックと言えるでしょう。
まだカードマジックをよく知らない時期に初めてオールバックを見た私自身の感想が、そういったものでした。
カードマジックのオールバックとは
オールバックというカードマジックが示す現象は、文字通り”全て裏”、つまりカードの表面が無くなってしまうというものです。
とてもユニークで面白い現象ではあるのですが、実際に演じる人は少ないようです。
少なくとも日本で私の知る限りでは、これを演じている人は数えるほどしか知りません。
その理由はおそらく、これをレギュラーデックで演じる場合、なかなか説得力のあるハンドリングを実現するのが難しいというあたりにあるのかも知れません。
本当に全部が裏になったのなら、単純に全体をスプレッドして、そのままひっくり返して裏を見せればよいだけですから。
かといってそれを本当に実現してしまうと、今度は逆に演技としてあっさりしすぎて楽しくないというジレンマもあります。
しかし個人的には、バーノンの手順でも見せ方をしっかり考慮すればそういった弱点は軽減できるような気がしています。
何といっても、このオールバックは私個人にとっては、スライハンドで演じるカードマジックの魅力を初めて知った記憶すべき作品なのですから。
ジョニー広瀬師のオールバック
まだ私が本格的なカードマジックをほとんど知らない頃、テレビ番組でプロマジシャンのジョニー広瀬師がカードマジックを演じられているのを見たことがあります。
本格的なマジックショーやマジック特集番組ではなく、何かのバラエティのような番組で、アナウンサーの男性に広瀬師がカードマジックを教えるという企画でした。
修行終了後、アナウンサーの男性はグライドを使ったエーストリックを披露していましたが、その後師匠の演技ということで、広瀬師自身もいくつかカードマジックを演じられたのです。
その中で一番印象に残ったのが、オールバックでした。
カードマジックの知識が無かったせいもありますが、25年ぐらい経った今でもタネが分かりません。
手順全体もすごく不思議でしたが、なかでも1枚のカードの扱いが全く信じられませんでした。
そう、言うならばダブルバックカードを見せているとしか思えない印象です。
番組中で他の出演者から「それはテクニックでやってるんですか?」と問われた広瀬師は、即座に「全てテクニックです。」と答えられていましたから、おそらくそうだろうとは思いますが。
いや、今でも実はあれは1枚だけダブルバックを使っていたのではないかという気もしています。
もしこの番組を記憶されている方がいらっしゃいましたら、教えてください・・・
わたしは今でも、広瀬師のあの演技の感じをオールバックで再現するのが目標です。
オールバックのマイバージョン
まあマイバージョンといっても、基本的にはバーノンの原案や、デレック・ディングルの”All Back with Selection”のハンドリングから大きく変わるところはありません。
自分なりに工夫したところといえば、現象が始まる前の準備ハンドリングの部分と、ヒンズーシャッフルで複数枚のカードを裏側から取れるように構成を考えたことですね。
「カードマジック事典動画」のカテゴリー用に動画を作成する場合、いつもはなるべくカードマジック事典の記述に忠実な演技とすることを旨としているのですが、今回のオールバックについては良く似たバージョンをすでにレパートリーとしていましたので、それをそのまま演じることとしました。
オールバックという手品を演じるうえでのポイントは、あまり長々と真剣に見せないことと、カードをラフに扱っている印象を与えるということでしょう。
そういう意味では上の動画もあらためて見て、ちょっとまだまだな点も多いかも知れません。
もちろん手順や使用する技法はきっちりと決められていて、間違えないように正確に演じなければならないのですが、あくまで見た目のうえでは思うがままに適当に雑にカードをもてあそんで、なおかつどこにも表が見当たらないという印象を与えなければならないのです。
間違えないように、おそるおそる丁寧にやっていると観客に感じ取られては失敗です。
それと、最初から最後まで流れるように、一気にやってしまうことも重要です。
じっくりと不思議を見せ付けるようなマジックではなく、何となくカードをもてあそびながら余興のように見せるクイッキートリックとでも言うべきでしょうか。
そういう意味では、演技全体のスピードも大切かも知れません。
オールバックのバリエーション
私が今までに見たり読んだり演じたりしたオールバックのバリエーションを紹介します。
デレック・ディングルのStars of Magic DVDでは、ダイ・バーノンの手順にカード当てを付加した手順が解説されています。
私は最初これを演じていましたが、オールバックとカード当てを一緒にするのは蛇足であるような気がするようになり、最近ではオールバックのみの手順を演じるようになりました。
ブルース・サーボンの作品集「Ultra Cervon」に載っている”All Backs”は、ちょっと特殊なギミックカードを使用しますが、それだけにとても説得力のあるプロらしい手順となっています。
この手順ではオールバックの最後に4枚のAが出現します。エーストリックの前に演じるオープナーに最適の手順です。
佐藤総氏の「カードマジック・デザインズ」に掲載されている”Another All Back”は、バーノン手順の改案ではなく、佐藤氏らしい独創性のあるハンドリングの傑作です。
オールバックを解説した文献等
ダイ・バーノンの原案を元に、いくぶんハンドリングをやさしくした手順が、「カードマジック事典」に解説されています。
また日本語の映像解説としては、「スピリット百瀬神の手のマジシャン・レクチャービデオ カード編」があります。
百瀬氏の手順も、基本的にはバーノンの作品をベースとしているようです。
また佐藤総氏の「カードマジック・デザインズ」には、「アナザー・オールバック」と題した独創的なハンドリングの作品が収められています。
先日、ムッシュ・ピエール氏のマジックを生で見る機会がありまして、氏がこれを演じておりました。「お客様のための御もてなし(表なし)のカードをお見せします・・」と話しながら、関西風なギャグを織り交ぜながらテンポよく演じてました。
関西のマジシャンの間では定番なのではないでしょうか?
定番・・・どうなんでしょうね。
確かにピエール氏、ジョニー広瀬氏と両人関西マジシャンですが。
わたしも一応15年ちょっと前は関西(京都)におりまして、京都・大阪を中心に関西の奇術イベントに参加する機会は多かったですけども、生でオールバックを見せてもらった記憶というのはほとんどないんですよね。
しかし「おもてなし」のセリフはシャレてていいですね^^
私が定番と思ったのは・・関西のあるマジシャンが、ホフジンザー・オール・バックみたいな作品(パケットが全てダブルバックに変わる)を演じているのを見て、こちらの人って両面が裏になる現象が好きなのかなぁ?と思ったからです。
たまたま私がそういう場面に遭遇しているだけかも知れませんけど・・(^-^;
なるほど。
パケットのオールバックのほうが、演じる人は多そうな感じもします。
そういえば関西人といえば、佐藤総さんのオールバックもありましたね。
氣賀康夫:ステップアップ・カードマジックにも紹介されてました。
エレベーター・カードもそうですが、高木さんのカードマジック事典より氣賀さんの著書の方が解説が解りやすい気が致します。
カードマジック事典はやっぱり、数多くの作品のアウトラインを解説することに重点を置いていると思いますから、個々のマジックはあっさりしていますよね。
気賀さんの本は、解説が分かりやすいこともさることながら、随所に著者ならではのこだわりが読み取れる文章で好きです。