カードマジック

cannibal card s

「カニバル・カード」 “Cannibal Card” 人食い部族のストーリーの傑作カードマジック

奇術にストーリーを付けて演じるということは、広く見られるものです。
ステージマジックでもクロースアップマジックでも行われています。ステージマジックでは音楽に合わせた、いわばサイレント劇のような形で演じられることが多いのに対して、クロースアップマジックではダイレクトな語りとともに提供されることが多いですね。

ことカードマジックやコインマジックにおいては、何でもかんでも物語を付けて演じれば面白くなるというものでは全くありませんが、中にはストーリーと現象が不可分とも言える奇術もあります。
むしろ淡々と演じたのでは味気ない現象が、ストーリーテリングによって、その魅力を何倍にも増幅されているような演目。
今回ご紹介のカニバル・カード”Cannibal Card”は、そのような物語的カードマジックの中でも代表的な傑作トリックです。

カニバル”Cannibal”とは「人食い」「人肉食」のことです。行為としての人肉食のことを、カニバリズムとも呼びます。
現代文明人にとっては絶対の禁忌とも言えるこの行為、しかし歴史上は多くの事例があり、今なお人々のグロテスクな好奇心を惹いてやみません。
米国のサイコキラー、エド・ゲインによる猟奇的殺人は、映画「羊たちの沈黙」の題材のひとつにもなりました。また日本では古くは佐川一政による欧米女性の殺人・食人事件なども有名です。

カニバル・カードの物語で扱われるのは、そこまでストレートにグロテスクな人肉食でもありません。「人食い人種と、それに食べられる宣教師」という、どちらかといえばカリカチュアライズされ、ステレオタイプ化され尽くしたような、ブラックでコミカルな人食いの物語です。

なお、カタカナで「カニバル」と書いた場合、「リオのカーニバル」のような「祭り」「謝肉祭」の意味と若干混同してしまい勝ちですよね。
実際、わたしは動画を作った際、これらを混同していました。
しかし祭りのカーニバルのほうは”Carnival”で、人肉食のカニバル”Cannibal”とはスペルが違うんですね。
動画の中には祭りのほうの”Carnival”の文字が見えますが、これは”Cannibal”に脳内補正してご覧ください(笑

 

カニバル・カードの手順

では、今回も動画をアップしてありますので、よろしければご覧ください。

ストーリーは見ての通り、2部構成と言うべき内容です。一段目では宣教師が人食い人種に食われ、二段目では人食い人種同士の共食いが始まります。

このうち二段目のほうは、本来は別の奇術です。
当サイトを以前からご覧の方は記憶されているかも知れませんが、フランク・ガルシアのエイペックス・エーセス(の前半部の手順)をそのまま流用した形ですね。
しかし現象やハンドリングが、このカニバル・カードに非常に上手くマッチしたものであり、このプロットでは古典的な手順の一部として広く演じられています。

この奇術におけるストーリーの効用については、何の物語もなく淡々と現象だけを演じた場合を想像されればご理解いただけるかと思います。
ストーリーがなければ、パケットの中でのカードの消失と出現ということで、ある意味平凡とも言える内容です。
しかしハンドリングと現象に上手く合ったストーリーによって、エンターテイメント性の高い作品になっています。

それと、手順自体のハンドリングにおいて特徴的なのは、パケットがカードを”ガブガブ”と食べてしまう部分の技法です。
巧妙さや不思議さというよりは、面白さのほうが勝るこの技法は、チューイング・ムーブと呼ばれています。
演者によってはこのムーブを行わず、単にパケットの中にカードを差し込んで消失を見せるだけの人もいますが、やはりカニバル・カードではこのムーブを行わないと損な気がします。

あともうひとつ、さらに付け加えるならば、カードが半分まで入った時点で片手を離し、ガブガブという咀嚼の動きとともに、ひとりでに飲み込まれてゆく動きが大変に好みです。
個人的にはここは両手でカードを入れてしまうのではなく、チューイングムーブによって片手の動きだけで飲み込まれる様をしっかりと魅せたいところです。

カニバル・カードが日本で有名となったのは、故フレッド・カップスが来日したときに演じられたあたりからのようです。
松田道弘氏をはじめとして、そのときのカップスの演技を見た奇術家の何人もの方が、カップスによるチューイング・ムーブの滑らかさとコミカルさを賞賛されています。

今回私が演じた手順は、基本的には松田道弘氏の著書に、フレッド・カップスの演技を記録したものと銘打って解説された手順に沿っています。
ただし一部、1枚目の宣教師カードの消失とその後の箇所で、マイケル・スキナーのハンドリングを取り入れています。

また、ラストのいわゆるコレクター現象のクライマックスに対する、物語上の落ちについては、松田氏の解説には詳述されていませんでした。
この部分では、あくまでブラックなストーリーを貫く形であれば、例えば「人食い人種の胃袋の中から出てきました」的な落ちが語られることもあります。
しかし今回の私の動画では、少し考えた上で、それまでのブラックなお話を少し緩和するような方向性で作ってみました。

ドラえもんのエピソード「ターザンパンツ」のような作品が、人種差別の観点から封印されたり改変されたりもしている昨今、カニバル・カードでもこんな落ちもあって良いのではないかと思いますが、いかがでしょうか。

人食い人種のストーリーというのは興味を惹きますが、ちょっと今日ではリアルにクレームを付けられ兼ねない危うさもあります。例えば、テレビでプロマジシャンが演じる内容としては、本気で問題視される可能性もあるかも知れません。
そのためのある種の代替ストーリーとして、人間以外のものに置き換えるというアイデアもあります。
例えば片倉雄一氏の有名な作品「奪還」では、宇宙生物に捕食された隊員と、彼らを救出する隊長というストーリーが語られます。
あれなどはまさしくカニバル・カードのストーリーの翻案と見なせますし、逆に古典的なカニバルカード手順に当てはめてアレンジすることも可能でしょう。

 

カニバル・カードの成り立ちについて

いつもは当サイトで奇術作品を紹介する場合、まず冒頭に原案者の名前を明記することとしております。しかし今回のカニバル・カードでは、あえてその形を取りませんでした。

このプロットの原案者と言いますか、大元となった源流としては、リン・シールス”Lin Searles”の名前が挙げられることが多いです。以前、“Ultimate Aces”の原案者として当サイトで取り上げたこともある人です。
確かに「カードがカードを食べる」という演出はここに発するとは言えるのでしょう。しかし色々な情報によれば、現在カニバル・カードとして知られているこの奇術の原案がリン・シールスであると言うのは適切ではないようです。

リン・シールスのカニバル・カードは、ギャフカードを用いた単品のディーラーズ・アイテム(商品)として販売されました。
この作品ではカードがカードを食べるだけでなく、他にも色々な品物を食べて消してゆくという、今日のカニバル・カードとはかけ離れたものであったようです。
今日のカニバル・カードに対してリン・シールスの影響として認められるのは、「カードがカードを食べる」というプロットそのものと、「カニバル・カード」という名前ぐらいですね。

その他カニバル・カードの歴史については、フレンチ・ドロップの石田隆信氏のコラム「カニバルカードの歴史と謎」に非常に詳しく述べられていますので、ご興味のある方はそちらをご覧ください。
あえてざっくりとまとめるならば、今日一般的にカニバル・カードとして演じられている手順の直接の原案は、アレックス・エルムズリーの “Repulsive Aces”であるようです。
この手順に、70年代の最新流行であったアスカニオ・スプレッドが用いられ、さらにApex Acesの方法と繋げるアイデアなどが組み合わされて徐々に成立していった形です。

日本ではカニバル・カードはフレッド・カップスの名とともに記憶されていることも多いような印象ですが、石田氏のコラムによれば、カップスの演じた手順を解説したものが、欧米の文献には見当たらないようです。
ありし日のフレッド・カップスの演技は今日、Youtubeに結構数多く上がっていますが、カニバル・カードの演技は今のところ見つかりませんね。

 

カニバル・カードを解説した文献等

今回の動画で直接参考にしたフレッド・カップスの手順は、松田道弘氏の「松田道弘のマニアック・カードマジック」に解説されています。
東京堂出版から出ている松田氏のシリーズは、基本的には氏自身による改案手順を紹介するもので、この本もそうなのですが、このカニバル・カードはカップスの手順をそのまま解説した内容のようです。

もうひとつ、一部のハンドリングを参考に取り入れたと申し上げました、マイケル・スキナーの手順については、Michael SkinnerのDVD「Professional Close-Up Magic Vol.04」に収録されているものです。
また同じ映像が、L&L Publishingのテーマ別コンピレーションDVDの1巻、その名も「カニバル・カード」に収録されています。

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コメント

  • コメント (2)

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    • 峯崎浩一
    • 2013年 12月 18日 8:59am

    作品もそうですが、今回は動画の作りが最高ですね。
    語り部は映画「ミッション」を思い起こしました。(笑)

    フレッド・カップスの演技は私も興味ある所です。
    カップス自身も演技の結末はブラックだったのですかね?

    私は赤頭巾ちゃんが狼の腹の中から助けられた様に
    黒い要素が含まれた結末の方が好みですね。
    その方が先人のアイディアを尊重してる気が致します。

    • ありがとうございます^^
      実を言うと、画面に映っていないですが、目の前のPCモニターにセリフを表示させて、ある程度カンペのような形でしゃべってたりします^^;
      でもせっかくなので、生の実演でもちゃんとした語りとともに演じられるように、練習してゆきたいと思っています。

      確かにこのストーリーはブラックさが魅力ではあるので、そのテイストを貫徹するのが普通はベターかも知れませんね。

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