マジック界では、ドクター・サワ、ドクター・ロバート、ドクター・エリオット等、マジシャンとして知られる名前に”ドクター”が付いている人が何人か居ます。
ドクター・デイリー”Dr. Jacob Daley”は、”ドクター”の敬称付きで知られるマジシャンの中でも、最も有名な人のひとりでしょう。
マジック界でドクター付きで呼ばれる人というのは、博士号を持っているということではなくて、医者(もしくは歯医者)であることがほとんどだと思います。
もちろん、ドクター・デイリーもその一人です。彼の本業は形成外科医で、第二次大戦前後の時期に、ニューヨークを中心にアマチュアマジシャンとして活躍しました。
ドクター・デイリーといえば、カードマジックが有名で、例えばドクター・デイリーのラスト・トリックは彼の名とともに現代も生き続ける作品です。
また、名著「Stars of Magic」シリーズの1巻には、”Cavorting Aces”をはじめとして幾つかの作品を提供していることでも知られています。
そんな感じで、カーディシャンとしてのイメージが強いドクター・デイリーですが、今回は彼によるコインマジックの作品を紹介します。
スタンダードな構成の中にも、ひねりの効いたコイン・アセンブリーの佳品、「Motile」です。
J.B. Boboの名著「New Modern Coin Magic」掲載の作品です。
ドクター・デイリーの「Motile」
では、動画をアップしてありますので、よろしければご覧ください。
現在ではコインアセンブリと言えば、4枚のカードをかぶせて、パチンパチンと弾くように移動させてゆく、マトリクス形式のもののほうが、どちらかと言えば主流である印象があります。
しかし、このような形は1960年代にAl Schneiderによって考案されたMatrix以降のもので、それ以前はカード2枚で覆う手順のほうが主流でした。コインアセンブリのプロットの源流とされるYank HoeのSympathetic Coinsも、4枚のコインのうち2箇所を覆う形の手順です。
ドクター・デイリーの「Motile」は、ハンカチではなくマットの上で演じる構成で、1枚ずつ握って消してゆく流れは現代的で、オーソドックスなものです。
しかし1箇所、2枚目の移動の段で、巧妙な改めが仕組まれています。「New Modern Coin Magic」の解説では、この部分の小さな策略こそが、ちょっとした悪くないトリックを、傑作にまで昇華させる要素だと書かれています。確かに頷けるものです。
これとほぼ同時期のコイン・アセンブリとしては、「Stars of Magic」に掲載されたロス・バートラムのコイン・アセンブリがあります。あちらの作品も現代まで生き続ける傑作ですが、この「Motile」と比べると、いわゆるサッカー・トリックに類するムーブが多数含まれています。
それに対して「Motile」での策略は、サッカー・ムーブと呼ぶまでにまでは至らない、軽い疑念の喚起とその解消という構成です。おそらく一般観客相手には、このぐらいのほうが演じやすく効果的なのではないでしょうか。
また、もうひとつ「Motile」とRoss Bertramのコインアセンブリーが比較される点として、手順を始める前のセットアップ部分の方法が挙げられます。2枚のカードをレイアウトする段階のムーブのことです。
この両手順では類似の手法を用いているのですが、コインアセンブリーでこの種の手法を用いたものとしては、Ross Bertramの作品のほうが最初であるようです。
動画の中でしゃべっている「コインとカードの相性を探る」的なセリフは、「New Modern Coin Magic」で解説されている通りのものです。
この種のアセンブリー手順では、4枚のコインを2枚のカードで覆うパターンは色々あります、と言いながらあちこち動かしてみせるやり方が多いと思いますが、「相性」を理由付けにした見せ方も、これはこれで理にかなっていて面白いです。
セリフの量が多くなりがちなので、あまり説明的過ぎる印象をもたれないよう、バランス感覚は必要ですが。
カード2枚を用いた、リバースしないオーソドックスなコイン・アセンブリの中では、この手順は私が最も好きなものです。
この手順の骨格を変えずに、いくつかの部分を現代的な技法で自分でアレンジした手順が、私の長年の常用手順となっています。
ドクター・デイリーの「Motile」を解説した文献等
この作品は、J.B.Boboの名著「New Modern Coin Magic」(1966)に掲載されています。この本は、同じ著者による「Modern Coin Magic」(1952)に、さらに4章、約100作品のマジックを追加した増補版です。
「Motile」は、その追加されたマジックの中に含まれています。
ただ、この作品自体の初出は「New Modern Coin Magic」ではなく、「The Phoenix」という奇術専門誌に収録されたものを、上記の本に再録したもののようです。
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