アレックス・エルムズレイは、カードマジックの技法エルムズレイ・カウントの発明ひとつによっても、奇術史に永遠に名前の残る人です。
さらに氏はこの技法だけで有名なのではなく、非常に多作なカードマジック研究家です。
アマチュアの時代であった20世紀のクロースアップマジックにおいて、最も偉大な奇術家の一人に数えられるでしょう。
今回ご紹介するポイント・オブ・デパーチュア”Point of Departure”は、エルムズレイの奇術の中でも代表作に挙げられるひとつです。
氏の作品では以前にダイヤモンド・カット・ダイヤモンドを紹介しましたが、おそらくそれより有名かと思います。
Point of Departureの現象は、逆サンドイッチ現象とでも言うべきものです。
サンドイッチ現象とは、2枚のカードの間に別のカードが出現するものです。その逆ということはつまり、2枚のカードの間に挟んだ1枚のカードが、忽然と消失する。
鮮やかな消失現象は、往々にして出現現象よりも強い印象を残すものです。
なお題名のPoint of Departureとは、英語で「出発地点」の意味。
とくに、飛行機で旅行する際の離陸地点のことをこのように呼ぶことが多いようです。
選ばれたカードが2枚の間から虚空に消える様を、飛行機の離陸に例えたということでしょうか。
エルムズレイの「ポイント・オブ・デパーチュア」(原案)
では、動画をアップしてありますので、よろしければご覧ください。
動画はおおむね、原案の解説にそのまま沿っています。しかしラストのポケットに通う部分だけは、通常の方法だとあまり動画向きではないようにも思えたので、若干一般的ではない方法を使用してみました。
が、改めて見てみると、逆に動画だからこそ、この部分の異質さが目立っているような反省も。
この動画はYoutubeで投稿からしばらく経っており、低評価の割合が結構多くなっていますが、そのへんが原因かも知れません。
このプロットは、あるひとつの大胆で秀逸なアイデアに基づいて成立しています。
例えば、推理小説の密室殺人において、犯人が一人二役を演じて逃げおおせるようなトリックがありますね。私はミステリには全く詳しくありませんが、手品とミステリーは結構通底するところが多いように思えます。
色々なマジックの原理の中でもとくに、Point of Departureのベースとなるアイデアは、まるで優れたミステリーのような大胆さを感じます。
このアイデアこそが、恐らくPoint of Departureが歴史に残る名作となった理由であり、その後のカードマジックに影響を与えています。
例えばPoint of Departure効果とサンドイッチを組み合わせたような作品である、ポール・ハリスのGrasshopperは恐らくその好例でしょう。
また同じポール・ハリスによる、逆コレクターとも言えるインターレースト・バニッシュもそうでしょう。
サンドイッチを複数枚にしたのがコレクターで、Point of Departureを複数枚にしたのがインターレースト・バニッシュとも見なせます。方法論的にも、Point of Departureの原理をそのまま複数枚に拡張したような印象がありますね。
Economy Class Departure(エルムズレイ自身による改案手順)
上に紹介したPoint of Departureは原案手順ですが、現在一般的にPoint of Departureと題して広く演じられている手順は、それとは異なるようです。
松田道弘氏も著書「松田道弘のカードマジック」の中で、ラリー・ジェニングスからこのプロットの奇術を初めて見せてもらったときの印象を書かれています。このジェニングスの方法も、エルムズレイの原案ではなく改案の流れに属する手順のようです。
原案ではギャフカードを必要としていたのですが、その後エルムズレイ自身によって、ノーギャフで借りたデックでも演じられる改案が発表されています。
ここではその改案”Economy Class Departure”を紹介します。例によって動画をアップしてありますので、よろしければご覧ください。
エコノミークラスとは言うまでもなく、飛行機のエコノミークラスのことでしょう。ギャフが除かれてスッキリ経済的という意味と、飛行機のエコノミーが掛けられた、上手いネーミングです。
見比べていただければ分かることですが、原案に対するこの手順の、外観上の相違点は主に2つ。
ひとつは、原案では裏向きのカードの間に選ばれたカードを挟んでいたのが、改案では表向きの間に裏向きカードを挟む形としたこと。
もうひとつは、両手を拝むようにすり合わせるような動作の、独特の消失ムーブです。
特に後者の消失ムーブは、Point of Departureそのものを代弁するような、広く知られた特徴となっている感があります。
このムーブはエルムズレイの考案になるもので、Hand Washing Vanishなどと呼ばれています。ある意味大胆ですが、鮮やかで強い印象を残す表現方法です。
私は最初、Point of Departureといえばこのムーブがあるものと思っていたので、原案解説を読んだときにこれが含まれて居ないのが意外でした。
また前者の相違点、表向き2枚の間に裏向きカードを挟むという点も、消失直前の説得力を高めていると思います。
このような外見上の相違点や、ギャフ不要という手軽さから見て、Economy Class DepartureはPoint of Departureの単なる改案というよりは、客観的に見ても「改良」と見なしても良い気がしています。
原案ではなくこの改案のほうが、Point of Departureの名前で一般化しているように見える現状の理由は分かりませんが、おおむね上記のようなことではないかと想像しています。
ラリー・ジェニングスの改案でDeparture from a Pointという作品がありますが、これも全体としてはEconomy Class Departureに類する感じです。
エルムズレイの晩年に制作されたレクチャービデオ(現在はDVDになっています)に、「The Magic of Alex Elmsley The Tahoe Sessions 全4巻」があります。
このビデオの中にEconomy Class Departureが収録されており、原案のPoint of Departureが入っていないのです。このことからは、エルムズレイ自身もEconomy Class Departureのほうを、このプロットの決定版と見なしていたのではないか、と思わせられます。
なお、「Collected Works of Alex Elmsley」の解説では、観客にカードを選ばせる部分について、基本となる手順以外に別案ハンドリングも提示されています。
上の動画で私が演じたのは、この別案ハンドリングのほうです。
別案とは言うものの、こちらのほうが元来、エルムズレイによってEconomy Class Departureのために考案された初期ハンドリングである、との記述があります。
ポイント・オブ・デパーチュアを解説した文献等
Point of Departureは元々、ピーター・ワーロック編「Come a little closer」(1953)という小冊子に収録されました。この本はその後1998年に、ハードカバーの増補改訂版で再版されています。
エルムズレイの集大成である作品集「Collected Works of Alex Elmsley vol.2」(1994)にももちろん収録されています。この本には改案のEconomy Class Departureも収録されています。
また映像資料としては、上で触れたDVD「The Magic of Alex Elmsley The Tahoe Sessions 全4巻」の第一巻に、Economy Class Departureが収録されています。
日本語の関連資料では、松田道弘氏による改案が、東京堂出版「松田道弘のカードマジック」(1990)に収録されています。
この本にはエルムズレイの原案(Economy Class Departureではなく原案のPoint of Departure)についても、アウトラインが簡単に紹介されています。
ほかに、同じ現象でハンドリングが簡単になるように工夫されたエド・マーローの手順、スマグ・デパーチュアが、東京堂出版「カードマジック入門事典」に解説されています。
素晴らしい記事ありがとうございます!
普段、本でマジックを学ぶのが好きとはいえ、このようにまとめていただくと、違いやメリット・デメリットを比較することができます。
shanlaさんのクラシックなマジックはとても好きですね^^
ありがとうございます。
色々と見ていて、意外とこの作品の原案がどういう形だったか、知らない人も居るのではないかと思いました。私もそのクチですが^^;
あまり一記事が長くなるのもアレですが、比較できる情報がある場合には、それらを多面的に紹介できるように心がけています。
素晴らしいトリックありがとうございます!
見逃していたトリックだったので、本を開いて練習しようと思います。
ところで、economy class departure
で使用されておられるカードはなんという名のものなのでしょうか?
よろしければ教えて下さい。
economy class departureは日本語の文章で解説したものは、個人的には見たことないですけどね。
いずれにしても稀有な現象の名作だと思います。
動画で使用しているカードは、ダニエル・マディソンによるプロデュースの「ラウンダーズ」というデックの茶色です。他に黒もあるようです。
カードの裏面にある、Mの字をあしらったマークは、ダニエル・マディソンのシンボルだと思います。
このデックが気になる人は結構いるみたいですね。Youtubeのほうでも、何というトランプなのか質問されました。
いつも素晴らしいカードマジックをありがとうございます。
私はカードマジックをはじめて一年ほどになるのですが、最近様々な手品師(海外含め)の動画をみていてShanlaさんの手品が1番ぐっときます。落ち着きのある良い声に演じ方の考えなどが自分にとても合います。
まだまだ未熟ですがShanlaさんの演じ方ひとつひとつを学んで頑張りたいと思います。
現在はプロアマ問わず、Youtube上に様々な手品動画が上げられていますね。
そんな中でも私も動画を気に入っていただけたというのは、喜びの限りです。
サイトでも動画でも基本的に、自分の好みのマジックを扱っていて、偏りはありますが、今後もご愛顧いただければ幸いです。